スギヤマ薬品の薬剤師

 杉山貴紀は何故過労死
したのか?

 

 

第2審判決文(名古屋高等裁判所の判断)

 

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○平成20年9月17日に名古屋高等裁判所大法廷にて言渡された

 判決文(裁判所の判断)を公開します。

 

※一部伏字等になっております。ご了承下さい。


 

主 文


1 被控訴人らの附帯控訴に基づき、原判決主文第1項及び第2項を次のとおりに変更する。

(1)控訴人は、被控訴人杉山正章に対し、 万 円及びこれに対する平成13年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を払え。
(2)控訴人は、被控訴人杉山ふじ江に対し、 万 円及びこれに対する平成13年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を払え。
(3)被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 控訴人の本件控訴を棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

4 この判決の第1項(1)及び(2)は、仮に執行することができる。

 

 

当裁判所の判断


 当裁判所は,被控訴人らの請求は,被控訴人らそれぞれにつき、 万 円及びこれに対する平成13年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
 


1 原判決19頁10行目の「2 1,23〜26」を「21〜26」に改め,「34,」の後に「47,」を,11行目の「62,」の後に「71,72,」を,「(枝番含む。)」の後に「,30」を,[35(一部),」の後に「74〜7 6,」を,それぞれ加える。

 同19頁17行目の「被告入社までの経歴」の後に「,入社後の生活状況」を加える。

 同19頁23行目の「薬剤師免許を有する」を「医薬品の配置販売業に従事する」に改め,25行目及び26行目を,以下のとおりに改める。
 

「貴紀は,大学時代から同級生のTと交際していたが,卒業後はいずれも愛知県で,それぞれ別会社に就職して薬剤師免許を取得し,結婚を前提とした交際を継続していた。貴紀は,名古屋市緑区内の社宅に,Tは愛知県T市内の社宅にそれぞれ単身で居住していたが,ほぼ毎日,どちらかの家で会っていた。」

 同20頁6行目の「貴紀は」を「貴紀の身長は165.2cmであったが」に改め,7行目の「59kg」の後に「(BMI指数21.6)」を加える。

 同20頁11行目の末尾に改行の上,以下のとおり加え,12行目の「ア」を「イ」に,24行目の「イ」を「ウ」に,それぞれ改める。
 

「ア 薬事法では,薬局の管理に関し,薬局開設者が薬剤師であるときは,自らその薬局を実地に管理しなければならず,薬局開設者が薬剤師でないときは,その薬局で実務に従事する薬剤師のうちから管理者を指定してその薬局を実地に管理させなければならない。また,薬局を管理する薬剤師(薬局の管理者)は,その薬局以外の場所で業として薬局の管理その他薬事に関する実務に従事する者であってはならないとされ,これらは「一般販売業の業務の管理」にも準用されている(同法7条,27条。本件当時の薬事法では,8条,27条。)。
 また,厚生省医薬安全局長は,『薬局,医薬品製造業,医薬品輸入販売業及び医薬品販売業の業務について』と題する通知を発して,医薬品の一般販売業を営む開設者に対しては,常時店舗に薬剤師を置くことを義務付けてきた(昭和33年5月7目薬発第264号)。ところが,平成10年に至り,医薬品の一般販売業を中心にチェーン展開を行っている施設について立入検査したところ,薬剤師が不在であった施設が多数判明したところから,厚生省医薬安全局長は,平成10年12月2日,『薬局等における薬剤師による管理及び情報提供等の徹底について』と題する新たな通知を発して,一般販売業者は開店中は薬剤師を店舗に常時配置すべきことを改めて示すとともに管理薬剤師の遵守事項についても新たに定めた。」

 同20頁17行目の「Iが」から18行目の「管理薬剤師となった。」までを以下のとおりに改める。
 

「Iは平成12年2月16日から永覚店に管理薬剤師兼店長代行として配属されていたが,同年10月16日に他店に異動となり,Iの後任として着任したKは,薬剤師免許を取得していなかったため,同日以降,貴紀が実質的に永覚店の唯一の薬剤師となり,貴紀を管理薬剤師とする届け出がなされた。」

 同20頁25行目の「統括していた。」から21頁3,4行目の「Ksが務めていた。」までを,「統括し,各ブロック毎に『ブロック長』を配置して,ブロック長を通じて控訴人ないし株式会社ドラッグスギヤマ三河店の経営方針に関する指導・監督を行っていた。永覚店を統括するブロックは,貴紀が永覚店に配属された当時は11店舗,平成13年2月21日の組織再編後は4店舗で構成され,いずれもKsがブロック長の地位にあった。」に改める。

 同21頁20行目の「自宅から」を「社宅又はT市所在のT方から」に改め,21行目の「約1時間弱であった」の前に「いずれも」を加える。

 同22頁7行目の「その中には」から8行目末尾までを,「店内での商品の運搬は台車で行われていたが,商品の中には,ダンボール1箱あたり十数キロの重さのあるティッシュペーパー等もあり,これらの商品を店内外の売り場に大量に積み重ねて陳列することが必要であった。」に改める。

10 同23頁12行目の「Kに代わったころから」から13行目の「取得できなくなり」までを「Kに替わった結果,永覚店における唯一の薬剤師となり,薬剤師の常駐等についての保健所の立入検査は,平日の午前10時から午後5時までの間に実施されるものと想定されていたため,その頃から平日に休みを取得することが困難となり」に,13行目の「おおむね全体の5分の3」を「貴紀の勤務日のうち約5分の3」に,それぞれ改める。

11 同24頁15行目の「帰宅すると」を「退店後に寮又はT方でTと会うと」に改める。
 

12 同24頁21行目の「貴紀が」から22行目の「担当することになったが,」までを「貴紀が実質的に店長代行に替わる立場となり,それまでKが店長代行として担当していた業務等の一部を引継ぎ,小口現金明細報告書(本部から,毎月,経費として各店舗の預金口座に入金された資金の使途を,毎月15日と末日締めで本部に報告するための書類),現金過不足報告書(レジ締めで売上げと現金とに過不足が生じた場合に,その都度パソコンに入力し,毎月25日までに本部に報告するための書類),及び商品券出納報告書(各営業日に控訴人店舗の商品券を発行した枚数等を毎月25日までに本部に報告するための書類)についても,その各作成及び本部への報告等を担当することになったが,」に改める。

13 同25頁14行目の「ペッドから落ち」を「ペッドから上半身がずり落ち」に改める。

14 同25頁25,26行目の「血液の検査」の後に「(以下『本件血液検査』という。)」を加える。

15 同27頁6行目の「業務の過重性と虚血性心疾患等の発症」を「過労による心停止に関する医学的知見」に,同28頁8行目の「血液検査で問題となった項目」を「本件血液検査で問題となった項目に関する医学的知見」に,それぞれ改める。

16 同29頁13行目の「正常人の動脈血の水素イオン指数は」を「人の動脈血中の正常な水素イオン指数は」に,21行目の「糖尿病性アシドーシス」を「糖尿病性ケトアシドーシス」に改める。

17 同30頁4,5行目の「保たれおり」を「保たれており」に改める。

18 同33頁1行目から9行目の「採用できない。」までを以下のとおりに改める。
 

「前掲の各証拠,特に,Tが,店では1人だけ残して帰ってはいけないと決まっており,そのため貴紀も誰かが残業するときは一緒に残るようにとの指導を受けていたと述べていること(甲A32,33)や,これに符合するパート従業員らの陳述(甲A12,乙19等),Eも,労働基準監督署による聴取の際に,閉店後なるべく全員で店を出るようにとの指示を受けていたことや,貴紀は最後まで残ることが多かったことなどについて述べていること(甲A19),そして,これらに加えて,貴紀の帰宅時間に関するTや被控訴人らの説明,貴紀のメール記録(甲A13の1・2)から窺われる終業時刻等を併せ考慮すると,原判決別紙1勤務時間等表のV欄のとおり遅番及び通し勤務であったこの間,貴紀は店舗が施錠されるまで居残っていたものと認めるのが相当である。控訴人は,閉店後,店舗を施錠して帰宅するまで正社員2名が残るように義務付けられたのは貴紀の死亡後のことであり,平成13年6月5日にK店が強盗に襲われた事件が起きたためであると主張し,それに沿う証拠も存するが(乙62,63, 証人E,同K等),K店の強盗事件を受けて同様の指示が出されたとしても貴紀の退店時間に関する上記認定が妨げられるものではなく,特にEの,甲A19号証におけるこの点に関する前記供述の趣旨を否定する説明は,不合理かつ不自然で到底信用できるものではない。」

19 同33頁14行目の末尾に続けて「むしろ,証拠(甲A 12,32,33)によれば,Kの仕事が遅く,閉店後も仕事をしているため,貴紀も帰れずに残っていたものと認められるのである。」を加える。

20 同33頁22行目から35頁9行目までを以下のとおりに改める。
 

「(3)控訴人の主張及び提出証拠について


 ア 控訴人は,勤務ローテーション表と一致しない勤務表の記載が正確であるとして,貴紀の時間外労働時間及び休日の取得状況が各月の勤務表のとおりであると主張し,かつ,これと一致する内容の貴紀の勤務状況を原判決別紙2貴紀の勤務状況(被告主張)のとおり詳細に主張し,Eらはこれに沿う供述をする(乙21,2 2, 証人E,同K)。


 イ しかしながら,前記1掲記の各証拠によれば,
  (ア) 貴紀が永覚店に勤務していた当時,控訴人は,勤務表によって従業員の労働時間の管理を行っていたところ,正規従業員の勤務表については,前記のとおり,出欠欄の押印と,時間外労働時間の記入のほか,休日や時間外労働時間の合計等が記載されているのみであり,始業時刻及び終業時刻を記録することは予定されていなかったこと

  (イ) したがって,従業員の時間外労働時間を算出する際,始業時刻及び終業時刻を客観的に裏付ける資料はなく,直属の上司が当該時間外勤務を行った時間を勤務表に書き込み,本人及び管理責任者が捺印をして勤務時間を確認する建前となっていたが,実際には,Eは,時間外労働が発生した時点で記入したことは殆どなく,過去1週間分ないし1か月分をまとめて記載することが多く,出欠欄の各人の押印部分についても,後日にまとめて押捺されたものであり,そうであればこれがEによって行われた疑いも存在すること

  (ウ) 貴紀の勤務表のうち,平成12年9月分から12月分,平成13年2月分から5月分の勤務表はいずれも1か月間の残業時間が21時間と記載され,そのうち平成12年12月分及び平成13年3月分の勤務表には,各勤務日の時間外労働時間が記載されていないにもかかわらず,合計欄にのみ21時間と記載されていること

  (エ) 永覚店の勤務区分によると,通し勤務の所定労働時間である午前10時から午後9時まで勤務した場合,1時間の昼休みのほか,さらに1時間の休憩を取らない限り,2時間の時間外労働時間が発生することになるところ,貴紀の平成12年8月分から平成13年4月分までの勤務表に記載されている時間外労働時間はすベて1日1時間であり,他方,Eは,労働基準監督署での聴取書(甲A19)において「杉山は,薬剤師でしたから,とおしで来てくれた方が助かるため,だいたいとおしをお願いしていました。」と説明し(薬剤師の不在問題があるとしても,貴紀の勤務状態に関する労働基準監督署からの聴取に対して,実際よりも長時間勤務していたように述べることは考えられず,この説明は真実と思われる。),通し勤務の場合の貴紀の休憩時間について,「時間中の休憩は昼と夕方2回とらせていました。」,「夕方の休憩は15分から20分間でパンやコーヒーを摂っていました。」と説明していること

  (オ) また,貴紀の勤務表上,長期間にわたって,連日同じ残業時間(1時間)が記載されている理由について,Eは,本訴においては,平成13年1月,2月及び4月については,貴紀が仕事を覚えるため自ら志願して残業を希望したので,業務上必要はなかったが1日1時間の残業を認めたと説明する一方で,労働基準監督署での聴取においては「勤務表の時間外勤務の時間は,ローテーション表をもとに私がつけました。」とのみ説明していること(甲A19,乙6 2, 証人E)

  (カ) Eは,勤務表に過去1週間分ないし1か月分の時間外労働時間をまとめて記載する場合の算出方法について,勤務ローテーション表に記載された勤務区分や行事予定と自己の記憶に基づいて記載していたと説明する一方で,勤務ローテーション表上,勤務区分が通し勤務と記載され,同じ日の勤務表上の時間外労働時間が1時間と記載されている部分(平成13年3月16日,同月20日,26日,30日等)について,いずれも,上記勤務表の残業時間(1時間)の記載を根拠として,「勤務シフトが通しから早番に変更された上,午後7時から8時まで1時間の残業をしたと推認される。」などと説明していること(乙21,証人E)が認められる。

 ウ また,休日・休暇の取得状況に関する勤務表の記載についても,前掲の各証拠によれば,
  (ア) Eは,店長として勤務ローテーション表の作成と本部への報告を行い,勤務表を管理する責務があったにもかかわらず,労働基準監督署での聴取書(甲A19)において,勤務表と勤務ローテーション表の記載が一致しない場合,いずれが正しいかわからないと回答したこと


  (イ) 貴紀は,平成13年1月3日を休日とする予定であったが,同月13日に変更し,同月3日は出勤したため,貴紀の勤務表中,1月3日欄に当初記載されていた「休」の字が斜線で抹消されているが、同月3日及び13日のいずれについても出欠欄に貴紀の出勤を示す押印はなされていないこと(控訴人は,押印漏れであると主張するけれども,貴紀が毎日勤務表に押印していれば,上記勤務表の最終日までの間,同月3日の出勤印を押捺することを失念するとは考え難い。)

  (ウ) 平成12年4月度(乙2の1)及び平成13年4月度(乙2の13)の勤務表にも,「休」の記載も出勤印の押印もない箇所があることが認められ,以上によれば,少なくとも貴紀の勤務表の記載は,実際の出勤状況や労働時間を正しく反映したものではないというべきである。

 エ 控訴人は,貴紀は平成13年5月23日及び24日には休みであったと主張し,乙59ないし61号証には同主張に沿う記載が存する。
  しかしながら,平成19年11月23日付の乙61号証の作成者であるSkの平成17年8月24日付陳述書(乙18)には「平成13年のことだと思いますが,杉山さんが彼女と一緒に下呂か高山に行くという話しを聞いた覚えがあります。確か,宿泊するホテルの予約が取れなかったため,車の中に泊まったようで「車中一泊」という話しを聞いた覚えがあります。」とのみ記載されているのであって,少なくともSkは,平成17年8月当時,貴紀が平成13年頃に下呂・高山方面に旅行に行った事実についての記憶はあったものの,その具体的な時期についての記憶はなかったことに照らし,乙61号証でさらに詳細に述べている内容を直ちに首肯することはできず,また乙59,60号証を含め,6年以上前の事柄について詳細に,しかもぼぼ同様に述べていることは不自然である上,貴紀が同年5月3日から5日にかけてTと金沢に旅行していることから(甲A23,62,66),これを取り違えている疑いもあって,乙59ないし61号証の各記載はそのままには措信し難い。また,Eも乙62号証で,甲A19号証での供述や法廷での証言は誤りで,貴紀は勤務表記載のとおり5月23日及び24日は休みであったと陳述しているが,勤務表の記載が貴紀の実際の出勤状況を正しく反映したものと認められないことは上記のとおりであり,また従前の証言等が誤りであったとする理由も,それぞれの時点で訂正等を申し述べていないこと等から措信し難いといわざるを得ない。そして,何よりも,甲A24号証の勤務ローテーション表には両日の勤務区分が記載されたまま,何ら訂正されていないことからも,控訴人の上記主張は認められない。

 オ 控訴人は,原判決が,貴紀の退店時間について,遅番ないし通し勤務の場合,施錠時刻まで勤務していたと認定したのは誤りであり,新入社員である貴紀が残業してまで行わなければならないような量の仕事は永覚店にはなかったと主張する。
 そこで検討するに,前掲各証拠によれば,


  (ア) 永覚店は,年間数日を除いてほぼ年中無休の長時間営業店舗であり,定休日があれば定休日に行うような清掃その他の作業を閉店後又は開店前に行わなければならなかったこと


  (イ) 「感謝祭セール」,「クーポン割引サービスセール」,「ダブルスタンプデー」等と銘打った売り出しが頻繁に行われることにより,POP作成,ディスプレーの変更など,来客数や売上げに対応しない業務があったこと


  (ウ) Eも,閉店後に在庫チェック,倉庫整理,特売の準備を行ったり,開店前に前日のワックス作業後の片づけ等を行うために時間外労働を行っていたことが認められ,永覚店において,すべての業務を営業時間内になし得たという状況にはなかったものであり,また,上記業務は店長ら管理職固有の業務とはいえないから,貴紀ほか正社員が居残ってこれらの業務を補助していた可能性が高いこと
が認められ,これらによれば,控訴人の上記主張は採用できない。

 カ さらに,控訴人は,労働基準監督署でのTの聴取書には客観的な事実と矛盾があると指摘し,その具体例として貴紀の帰宅時間に関し,午前2時ないし3時頃に帰宅した事実について言及していないことを挙げる。しかしながら,前記認定のとおり,貴紀とTはほぼ毎日どちらかの家で会っていたものの,同棲していたわけではないから,控訴人が指摘する,機械警備システムの施錠時間が午前3時14分(平成13年3月19日),午前1時46分(同月23日),午前3時27分(同月26日),午前1時52分(同年4月1日) , 午前1時7分(同月16日),午前2時48分(同月30日)であるような場合に,真夜中或いは明け方近くに敢えてT方を訪れることはないとも考えられ,Tの聴取言の記載内容が客観的な事実と矛盾するとまでは認められない。」

21 同35頁11行目から36頁22行目までを以下のとおりに改める。
 

「(1)貴紀の業務の過重性について
  ア 前記認定のとおり,永覚店における貴紀の業務は,薬剤師としての接客業務以外に,販売促進用のPOPの製作や商品の補充等もあり,大量の商品の運搬,陳列などの肉体労働を行ったり,複数の業務を効率良くこなすために店舗内を走ることもあり,―定の身体的負荷のかかるものであった。
 また,貴紀が永覚店に配属されてから半年も経たない平成12年10月16日以降,貴紀は永覚店に勤務する唯一の薬剤師となり,管理薬剤師となったため,責任ある立場で業務に従事し,医薬品に関する接客業務においては,副作用や禁忌などに配慮するなどの慎重な対応が求められ,精神的に負荷のかかる状態となった。
 また,保健所の立入調査の際に薬剤師が不在であるような事態を避けるため,平日に休みが取りづらくなる一方,通し勤務や残業が多くなり,死亡する1か月前の平成13年5月8日から同年6月6日までの期間において,合計338時間11分の拘束を受け,労働時間も合計31O時間11分に及び,このうち時間外労働時間は,およそ138時間46分に上ることになるところ,これに通勤時間等も考慮すると,必要な睡眠時間の確保も難しい状態となった。
 さらに平成13年5月21日以降は,Kの異動に伴い,Kが担当していた店長代行の業務の一部をも担当するようになり,店長が不在の場合には事実上店舗の責任者としての役割も求められる立場となったが,当時,貴紀は入社後1年余を経たところであり,職業経験も未だ十分とはいえない状態であったため,精神的負荷はさらに増大した。
 控訴人は,永覚店は繁忙店ではなく,貴紀の業務は心身の負担となり疲労を蓄積させるようなものではなかった旨主張し,それに沿うEやKら正社員及びパート従業員等の各陳述書を提出しているのであるが,それらはいずれも貴紀の仕事は大変なものではなく,ひどく疲れるようなものではないと評しているものの,同時に,その一方で,一様に,貴紀は仕事熱心で,指示がなくても自主的に進んで仕事に取り組み,いつもテキパキと動いて,担当以外の業務も手伝い,仕事に余裕があるときは進んでPOPの作成等もしていたなどと,その仕事ぶりに具体的に触れながら高く評価しているのであり,さらに,常に完璧を目指すという雰囲気であったとか(乙17),休みの日にも自主的に出てきて仕事をすることもあった(乙14,18など)とするものもあって,その内容自体において必ずしも論旨が一貫しているものとはいえない。加えて,反対の趣旨の証拠(甲A11の1ないし4,12,32,33)の存在やこれを含めて前掲の各証拠から認められる前記のとおりの貴紀の勤務状態をも併せ考慮すると,控訴人提出の上記各陳述書における貴紀の業務負担に関する評価を信用することはできず,貴紀の業務の過重性についての上記判断を左右するものではない。


  イ このように,貴紀の業務は,平成12年10月16日以降,量的にも質的にも心身の負担となるものであり,疲労を蓄積させるようなものであったといえる。特に,死亡する1か月前の平成13年5月8日から同年6月6日までの期間中は,恒例のセールのほか,A店の開店協賛セールのために多忙を極め,その後もKの異動に伴う業務が加わった結果,同期間中における労働密度はー層高くなったというべきであり,これらの過重な業務は,心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となり得るものであったと隠められる。

 (2) 貴紀の死因及び栗務と死亡との因果関係について
  ア 前記のとおり,貴紀の死因について,死亡診断書上,直接の死因として「来院時心肺停止」,その原因として「気道閉塞」とされたが,死後,病理解剖等は行われておらず,死因となった疾病を解剖医学的に確定することはできない。
 したがって,本件においては,医学的知見を前提に,貴紀の生前の健康状態,永覚店における業務の内容と,それが貴紀に与えた身体的・精神的負担の程度,死亡に至った状況等を経験則に照らして総合的に検討し,業務と死亡との間の因果関係の有無を判断せざるを得ない。そして,上記因果関係の立証は,自然科学的証明ではなく,特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつそれで足りると解するのが相当である(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。

  イ 前記認定事実に証拠(甲B29,32)を総合すると,貴紀は,入社前は健康であったが,Iが異働し,永覚店の唯一の薬剤師となった平成12年10月中旬頃以降,体重が減少し,吹き出物ができて治らない,風邪をこじらせる,立ち眩みがするなど,体調不良の状態が続き,担当業務が質・量ともに特に過重となった平成13年5月中旬頃以降は,甚だしい疲労状態となり,Tに「このまま行くと本当に死ぬかもしれない。」などと訴えていたこと,死亡の前日は,特段変わった様子もなく,焼き肉をよく食べ,いったんT方に帰宅した後,車でコンビニエンスストアに買物に出かけ,ケーキを食べ,酎ハイを一杯飲んで午前2時頃就寝したこと,そして,午前5時頃までの間に,隣で寝ていたTが気付かないまま死亡したこと,当時,貴紀に死に至るような原因疾患があったとは窺えないことが認められる。
 死亡前日の上記のような行動から,貴紀が就寝するまでに,死亡に至るような特に重大な疾患が発症していた可能性は低く,就寝後に発症したと考えられ,かつ,発症後に隣で寝ていたTに苦痛などの異状を伝えることができず,Tが気付くような体動もなかったことからは,発症後,極めて短時間に心停止に至ったものと認められる。貴紀の気道内及びロ腔内に大量の吐物が認められたことから,飲酒又は消化器疾患などによるおう吐により気道閉塞をきたし,死亡した可能性も一応考えられるものの,たとえ過労状態であったとしても,当時の貴紀の年齢(24歳)に照らし,気道に入った吐物を除去できずに窒息することは通常は考えにくく,おう吐の前に,極めて短時間に重篤な意識障害に陥った後,死戦期のおう吐により吐物が気道の閉塞をきたした可能性が高いというべきである。
 このように,発症後,隣に寝ていたTに異状や苦痛を伝える時間もないほど極めて短時間に心停止に至ったか,又は重篤な意識障害に陥った病態をきたす疾患としては,貴紀の既往歴や救急搬送後の血液検査結果等を総合すると,急性の内因性の原因疾患のうち,心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患や心臓性突然死などによる心停止が考えられるが,心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患については発症後胸痛などの症状を訴える時間のあることが多いと考えられるので,その可能性は低いといえる。そして,心臓性突然死としての心停止をきたす原因疾患としては,心筋梗塞,狭心症などの冠働脈疾患のほか,心筋症,心筋炎,原発性不整脈,心臓弁膜症,及び先天性心疾患などが考えられるところ,平成13年2月の定期検診時の貴紀の心電図及び胸部レントゲンの結果が正常であったことから,心筋症や心臓弁膜症,先天性心疾患であった可能性も低く,これに対し,原発性不整脈のうちの特発性心室細動等は,瞬間的に重篤な意識障害をきたし,続いて心停止となることから,最も可能性の高い疾患であり,特発性心室細動等の致死性不整脈により,極めて短時間に心停止に至ったものと推認される。
   
  ウ 以上によれば,貴紀は,前述したとおり相当程度の身体的及び精神的な負担のある業務を長時間継続してきた上に,その死亡する前1か月間においては,労働時間が300時間を超え,時間外勤務時間も130時間を超えるといった状態で,しかもその間に2日しか休みがなかったことなどから,過重な業務の継続による疲労の蓄積等により,上記のように特発性心室細動等の致死性不整脈が原因となって死亡するに至ったものと推認することができ,これによれば,貴紀の業務と死亡との間には相当因果関係が存するものということができる。」

22 同36頁23行目の「(4)」を「(3)」に改める。

23 同36頁25行目の「及び」を「,」に改め,26行目の「(乙44)」の後に「Sh医師の平成20年3月14日付け意見書(乙90)及び同医師の同年4月28日付け意見書(乙94)」を加える。

24 同37頁22行目の末尾に改行の上,以下のとおり加える。
 

「 控訴人はまた,気道内に異物が陥入し,気道を完全閉塞した場合は,年齢や重篤な意識障害の有無を問わず,せきなどによる異物の自力排出は困難であり,短時間で意識消失に至ると主張する。
 しかしながら,本件は,一旦嚥下され,ある程度胃内で消化されて吐き戻された吐物による気道閉塞の問題であり,完全閉塞が起こりうるものか疑問がある上,そもそも完全閉塞されていたと認めるに足りる証拠はなく,また,証拠(甲B36,乙69)によれば,完全閉塞の場合でも,意識消失までに2分くらいかかるとされているのであって,この間,窒息の進行と共に,動脈血中の酸素分圧が低下し,二酸化炭素分圧が上昇すると考えられ,激しい呼吸困難が生じるはずであり,隣に寝ているTが気付かないとは考えにくい。さらに,気道内異物による窒息は,老人と乳幼児に多く,病人や酩酊者でもしばしばみられるが,気道内ヘの血液や吐物の吸引は二次的なことも多いので,死因の種類の診断には慎重を要するとも指摘されていることを考慮すると,控訴人の上記主張は採用し難い。
 さらに,控訴人は,気道が完全には閉塞せず,部分的閉塞であっても,異物により上喉頭神経が刺激され,喉頭心臓反射による反射的心停止により死亡し,あるいは,知覚神経刺激,神経反射で一次性ショックに陥り急死した可能性も否定できないと主張する。
 しかしながら,上記主張の根拠として控訴人が引用する文献の反射とは「大量の食物塊で喉頭粘膜が急速に広げられて,反射が誘発される現象」(甲B36)であって,おう吐により部分的に気道が閉塞された場合には,それより前の口腔側にある反射誘発部位である喉頭が反射を誘発することは,可能性としてはきわめて稀であると考えられ,またこの場合にもせき反射や呼吸困難が生じるものと思われることから,他のおう吐物により喉頭の反射が誘発され,しかもTがそれに気付かないことは考え難く,実際にも,一旦嚥下され吐き戻された吐物による反射誘発が睡眠中に生じたという事例の報告は見あたらず,上記主張も採用できない。」

25 同39頁6行目末尾に改行の上,以下のとおり加え,7行目の「オ」を「カ」に,「前記(3)」を「前記(2)」にそれぞれ改める。
 

「オ また控訴人は,貴紀の死因につき,貴紀に死に至るような基礎的疾患が認められなかった以上,気道閉塞による窒息死と考えるのが合理的であると主張する。
 しかしながら,証拠(甲A53)によると,致死性不整脈による心停止の場合,蘇生に成功した場合でなければ,病態を解明し心停止の原因となる基礎的疾患を明らかにすることは困難であり,前述したように心停止の原因となる基礎的疾患が不明であったり,認められない場合もあるのであって,貴紀について基礎的疾患が胴らかでないからといって致死性不整脈による心停止が死因であるとの前記判断が否定されるものではない。
 また,基礎的疾患がなかったとしても,日常業務によるストレスが,恒常的な長時間労働によって長期間にわたり負荷として作用し,疲労が蓄積した結果,生体機能が低下し,心室細動などの致死性不整脈を引き起こし得るのであるから,控訴人の上記主張は採用できない。」

26 同39頁10行目の「労働者に対し,」の後に「雇用契約に基づき,」を加える。

27 同39頁19,20行目の「蓄積していったものである。」を「蓄積していったものであり,控訴人には上記安全配慮義務違反があったものというべきである。また,控訴人は,貴紀を過重な長時間労働の環境に置き,これに加え,質的にも精神的負荷の高い業務が増加していたにもかかわらず,貴紀の業務の負担量に何らの配慮もすることなく,その状態を漫然と放置していたのであって,かかる控訴人の行為は,不法行為における過失(注意義務違反)をも構成するものというべきである。」に改める。

28 同39頁26行目の「債務不履行責任を負う」の後に「とともに,注意義務違反による不法行為責任を負うものと認められる」を加える。

29 同41頁16行目の「小括」を「相続」に,22行目の「損害賠償請求権を有する」を「損害賠償請求権を相続したことになる」に改め,22行目末尾に改行の上,以下のとおり加える。
 

「(5) 遺族固有の慰謝料
 被控訴人らが子である貴紀を,前記認定したような経緯により24歳という若年で亡くしたこと,その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると,被控訴人らの精神的苦痛を慰謝するには,各200万円をもって相当と認める。
 

 (6) 小括
 したがって,被控訴人らは,控訴人に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,それぞれ, 万 円の損害賠償請求権を有する(1円未満切捨て)。」

30 同41頁23行目の「(5)」を「(7)」に改める。

31 同42頁6行目から16行目までを以下のとおりに改める。
 

「 もっとも,被控訴人らは当審において不法行為に基づく損害賠償請求を選択的に主張しているのであり,したがって,控訴人は,不法行為に基づく損害賠償債務として,被控訴人らそれぞれに対し, 万 円及びこれに対する貴紀の死亡の日である平成13年6月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものと認められる。」

 

結 論

 以上のとおり,被控訴人らの請求は,主文第1項(1)及び(2)の限度で理由があり,その余は理由がないから,本件附帯控訴に基づき,原判決中,これと異なる部分を変更し,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,被控訴人らが原審で仮執行宣言の申立てをしていることに鑑み,職権で仮執行宣言を付すこととして,主文のとおり判決する。
 
 


名古屋高等裁判所民事第2部

 

 

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